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●歴代審査員の紹介

1993年 第7回 瓦屋根設計コンクール

審査員講評



池田 武邦
いけだ たけくに
日本建築学会
日本設計社長
  千四百年の歴史と伝統をもつ瓦が近年、建築の近代化の波に不当に押し流される傾向にありました。しかし、二十一世紀を目前にして現在、再び新しい生命を甦らせつつあります。
  前回並びに第七回目に当る今回の二度にわたり甍賞審査委員長として応募作品を審査する過程で、私は明かにそのことを実感することができました。甍賞の存在が大きく貢献していると考えられます。事実、作品の質は回を重ねる毎に全体として高まっているように見受けられました。
  建設大臣賞には、施主が晩年の自己研鑽を目的として建てられたという迷企羅が、筑波の山並を背景に大らかに覆われた瓦屋根と砂利敷の中庭によって精神的な空間を構成することに成功し、瓦をして単なる屋根材以上のものに高めている点が金賞にふさわしい作品として評価されます。
  又、一般部門でも特に、金、銀、銅賞に選ばれた三作品は、何れも建築として極めて質の高いもので、甲乙つけ難く、審査の段階で大いに論議が交わされました。その結果、伝統的な街並を残す美しい城下町の出石町全体の環境を充分考慮した出石町立弘道小学校の社会性を高く評価し、金賞にふさわしい作品という結論に達したものです。
  特別賞には、埼玉県・山西省の友好県省締結十周年記念事業で建設された神怡館が中國古代建築の風格を表わしたという作者の意図が、棟に取付けられた高さ二・五mの陶製鴟尾一対によって一層効果的となり、賞にふさわしい作品と評価されました。
  尚古美術館は建築として大変ユニークな形態であり乍ら、倭人伝にいう未慮國の玄関口であった呼子の港街の風景に不思議にとけ込み景観賞に最もふさわしい作品として評価されたものです。


中島 隆
なかじま たかし
日本建築士事務所協会連合会
鹿島建設専務
  第7回甍賞の審査委員の一人として、これだけの回数を重ねると質量共に充実していることが実感され心強く将来が期待されます。
  この様な実作の評価についてはいろいろの切り口や尺度があろうかと思いますし計画、設計そして施工精度の各々の重要度は勿論ですが、私はこの賞の主旨から何と言っても瓦をどんと一杯使っているということにかなり力点をおいて考えてみました。
  瓦の使われ方については伝統的なもの、近代建築、新しい工法、工夫など各種にわたっていますが、金賞の「出石町立弘道小学校」はその使用の量そして出石町全体が瓦屋根という町並みの中で、特に小学校に使ったということで評価も高かったし、環境配慮ということでも可なりの話題作だと思います。濃淡の石州瓦の屋根の学校の表情が子供達に与える影響は、そういう機会の少ない伝統的な材料や造形美に合う良さを改めて教えることとなるでしょう。
  金賞(住宅部門)の「迷企羅」は端正な姿の大屋根に瓦を使い手堅い手法でまとめられたと思われます。砂利敷きの中庭と回廊、空間の静謐さを内包する瓦屋根の大らかさが遠望する筑波の山並みに呼応して美しい。
  銀賞「清和文楽館」は、殆ど金賞のレベルとして最終まで残ったもので熊本清和村の文楽の瓦の館、その道の練達の士、石井和絃さんの作品らしく多くの言葉はいらない程の完成されたものでしょう。
  特別賞の「神怡館」は中国山西省の友好県として秩父に作られたもので、彿光寺というモデルのある伝統的手法とはいえ中国産琉璃瓦に代わって三州瓦を使用。特に棟の鴟尾の雄大さに目を奪われるものです。
  景観賞の「尚古美術館」。松浦郡呼子町という東シナ海の佐賀県に面した釣漁の港の土地の地形、特に海から船で近づく時の姿が面白いと思うし、充分環境に適している秀作であると思います。
  その他佳作を含めて、もう少し新しい瓦の使い方の提案も欲しかったということが実感です


村上 美奈子
むらかみ みなこ
日本建築士会連合会
計画工房主宰
  甍賞は景観上の意味が大きい。そして公共建築の景観上の指導的役割は重要である。庁舎建築・博物館など展示施設・学校建築と多くの瓦を葺いた公共施設の応募作品に優れたものが見られた。特に学校建築は、教育上の視点から木材が使われることが奨励されているため、瓦が使われ、地域生活圏における景観まちづくりの推進役である。その中でも金賞となった出石町立弘道小学校は、景観への配慮をしながら、教育施設としても秀逸な作品であった。
  瓦を葺いた建物の美しさは、静かで端正な雰囲気を醸し出すのが特長となっている。しかし学校建築は、もう少し生き生きとし、子供達に好まれる表情が求められる。弘道小学校の場合、この地方で使われている瓦の数種類の色(茶色から黒まで)を混ぜあわせて、窯変瓦で葺いたような、出石町の古い街並みの瓦と似た表情とし、木部の塗装とあいまって、暖かみのある校舎としている。
  屋根も余り大きくしないで、教室単位とし、深く出た軒先の重なりによって、美しい甍の波となっている。更に、低学年棟では、軒の先端の高さを低くおさえ、視点の低い子供にも充分に屋根面が見え、やさしく包み込む雰囲気となっている。
  住宅の金賞の迷企羅は、単純で基本的な入母屋の屋根の大きさが、建物全体のバランスを決め、宗教建築のように、静かで端正な形である。このように形を単純化する難しさもあり、それが大きく評価された。
  「清和文楽館」は、おしくも銀賞となったが、本瓦葺きの丸い形状の重なった屋根は、求心性が効果的に表現され、内部空間のダイナミックさが頭の中にあることを別にしても、動きを予感する静けさがあって、魅力的な姿となっている。
  銅賞の「山口町徳風会館」もやはり、方形屋根で、静かで端正な完成された美しさとなっている。しかし、施設全体での位置づけ、瓦の使い形における新しい試み、景観やまちづくりに与える影響といった点で、先の作品がより優れていた結果である。


内藤 廣
ないとう ひろし
新日本建築家協会
内藤廣建築設計事務所
  瓦というのは、究極のプレハブリケーション材料だと思う。いうまでもなく、その性能上の合理性は、我々の歴史や風土のなかで、工夫され、練り上げられてきたものだ。長い時間が経過し、その結果、文化のなかに組み込まれ、我々の生活に深く根を下ろした数少ない材料のひとつだといえる。
  その瓦は、二十世紀も終わろうとしている現在、文化の様々な価値が激しく変わろうとしている今の日本で、どういう役割を担おうとしているのだろう。日本的な景観を生み出す要素としての瓦はもっとも分かりやすい。瓦を使えば、どんな形態をとろうと、建築は日本的情緒を結果として醸し出してしまう。それほど瓦は表現として、深く我々の文化の底流に位置している。それ故、瓦は、我々現代に生きる建築家にとって、使用するのに微妙な意味合いをもった材料だ。その絶大なる効果と同時に、誤解を生みやすい材料とも言えるからだ。
  今回入賞した作品は、いづれもその困難で微妙な隘路を、うまく抜け出たものばかりだと思う。清和文楽館は、屋根の構成の新しさにもかかわらず、シルエットの美しさと清楚さを兼ね備えた作品だ。瓦を使った新しい建築表現を生み出している。出石町立弘道小学校は、それ自体がひとつの街とも言えるもので、出石独自の瓦が作り出す甍の波は、地方の街づくりに新しい視点を見出したといえる。山口町徳風会館は、威風堂々とした大屋根でありながら、独特の親しみ易さを醸し出している。これも瓦という材料でのみ可能なことなのではないかと思う。住宅作品の迷企羅は、内部空間の密度の高さもさることながら、砂利敷きの静謐な前庭の空間の緊張感がすばらしく、その中で瓦がたいへん重要な役割を果たしている。低く深く出された軒下の闇と屋根瓦の陰影は、さほど大きくないこの建物に、重厚感と奥行を醸し出すことに成功している。
  甍賞の対象は、瓦という素材の使用に絞り込まれている。建築の形態は時代とともに推移するが、完成された瓦という素材そのものは長い間ほとんど変わることはない。審査にあたって感じたことは、逆にその事が、時代の背景を色濃く反映するものになって来ているのではないかという事だ。瓦を使った様々な作品を一度に拝見する機会も少ない。様々なことを考えさせられた。審査に参加させて項いて良かったと思う。


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